忍者ブログ

Creative Blogging

ホームページ関連の話とホームページのあとがきを座談会形式で書いていく「あとがき座談会」をメインで更新予定。 サイトの更新と連動しています。

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

夏に轟け Rock'n'Roll

「あちぃ……」
 ミーンミーン……と蝉の合唱がよく聞こえる、窓が全開のスタジオで椅子の上にだらりと座った青年がいた。
 スマホが片手に握られているがスリープモードなのかなにも画面に映し出されていない。
 ひとり他のメンバーよりも早く来て、最近作曲した曲を聞いてもらおうと意気込んでスタジオに来たものの、熱気の篭った部屋にげんなりとしてしまい、窓を開け放つだけで気力が尽きた。
 時刻は夕刻だが、まだまだ熱気が地表を覆っており、セミの鳴き声も聞こえなければ蚊もいない少し洒落を利かせた話し方をするバンドメンバーであれば、地球の空調がぶっ壊れたみたいだから修理の依頼しようぜ、などとのたまうだろう。
 連日35度を超えるような暑さに、元気が取柄のはずの男子高校生も元気が吸い取られるらしい。近年稀にみる酷暑で、人間もだが他の生き物も生き物以外もへばっているのが現状だ。
 時は平成30年7月。
 平成最後の夏だ、と巷では言われているが、彼―山田剛(つよし)―はあまり関係のない事だと認識している。元々地元で活動している高校生バンドだ。最近はメンバーのひとりが動画投稿サイトに投稿したことで知名度があがり、週末にゲリラ的に行われるライブも盛だ。このままデビューのための楽曲作りやレコーディングをしよう、と夏休み前に約束をした。今日は練習を兼ねた動画収録なのだが。
「……何で窓が全開で、エアコンが入ってないんだよ?」
「んあ?HIKARU?」
「最初に来たならエアコン入れとけよ……」
 ぐだっとしていた剛に、スタジオの扉を開いた小柄な少年が嫌みをいう。その声に僅かに反応した剛は、いつものようの濃い色のTシャツにカーゴパンツ、加えて背中にギターを背負ったバンドメンバーを視界に納めた。
「気力が尽きた……」
「は?」
 ギターを背負ったまま窓を閉めてエアコンのスイッチに手を伸ばすHIKARUは、何を言っているんだ、という顔で返事をする。その後特に返事がないので無視を決めたHIKARUはエアコンのスイッチを入れるとギターを背中から下ろした。
「新曲、考えてきたんじゃないのか?」
「あー」
 反応の薄い剛に、HIKARUはため息をついて、振動したスマホを取り出した。
 放心しているTSUYOSHIを放置してスマホの通知に目を通す。
「TSUYOSHI、SHOが来れないって」
「……は?え、動画どうすんだよ?」
「……俺に聞くな」
 がばりと上体を起こしたTSUYOSHIに、HIKARUは肩をすくめながら答える。それに何か言い募ろうとしたTSUYOSHIの言葉は、扉から聞こえた別の声にかき消された。
「ライブじゃつまらねーから、他のコンサートでもしてそれ配信しようぜ」
 もう一人のメンバー、MITSURUがにかりと笑いながら名案、と顔に書きながら胸を張って言い切った。
 突然の登場に一瞬目が点になるTSUYOSHIだが、HIKARUはわずかに眉間に皺を刻みながら尋ねる。
「当てでもあるのかよ?」
「おう、あるぜ」
 夏が似合う男の笑顔でMITSURUは答えたのだった。
「死亡決定」
「光(ひかり)、それは絶対にちゃぶ台に突っ伏しながらいう台詞じゃないよ?」
 HIKARUには、秘密がある。
 TSUYOSHI以外には公然の秘密となっている事が。
 光は、女子だ。
 だがバンドの時だけ、男装する。声も低くするよう意識する。それでもどこかでバレるのだが……なぜかTSUYOSHIにだけはバレていなかった。
 光は今、友人を自宅に招いていた。光=HIKARUと知っていて協力してくれる友人だ。公の立場は、光の親友にしてバンドの追っかけ。バンドの話は聞くけれど、あまり自分から見に行こうとは思っていない光にとって、クラスの状況を知る大切な存在……友人、大山舞はそういう存在である。
「浴衣着て、盆踊り会場でライブするって、充は何考えてるのさ……」
「前座だって言ってたんでしょ、本人が」
「……浴衣着たらバレる」
「いいじゃない、公然の秘密なんだから。公にしちゃえば」
 女子にしたら地声は低い方だろう。だから男装してなおかつ歌を歌っても、少しキーの高い男、という立ち位置に落ち着いていた。さらに身長も女子にしたら高めで男子にしたら小柄。少々残念なサイズの胸元とおしりでさえ、男装には都合がよかった。バンドの時は帽子を着用して長い髪は帽子の中にしまうという徹底度合いで男装をしている。しかし、さすがに浴衣は誤魔化せない。
 その光の目の前にはスマホの画面がある。そこには、充から送られてきた地元で行われる納涼盆踊りの前座として、数曲披露する依頼メールの抜粋だ。地域で活動する高校生バンド数組がその前座に参加する、という事もわかってきた。
「気まずいのは一瞬だと思うよ?」
「浴衣着てどうやってギター持てば……」
「え、そこ?」
 根はまじめな光の懸念に舞は少し肩透かしを食らった。だが、そこは秘密をも共有する友人、即座ににこりと笑ったのだった。
「おばさんだと真面目な着付けしかできないから困ってるんでしょ?私も一肌脱ごうじゃない!」
 きょとりと目を見張った後、光は大きな大きなため息をついて、意を決したように舞を見つめた。
「当日はよろしく」
「任された!」
 どん、と胸を叩きながら舞はにこりと笑った。
「ってことで、後で楽屋を少し使いたいんだけど」
「オッケーオッケー、俺はあとたすきかければいいから」
「……MITSURU、速すぎるだろ」
「お前、浴衣着れねーの?だっせー。ほら舞ちゃん、30分ぐらいしたらまた来てよ。その時には開けとくようにするから」
「ありがとう、MITSURUくん、SHOくん。じゃあ、また後でね」
 連日の猛暑だが打ち水とミストで少しでも校庭を冷やしながら出店が準備している最中に「HMST様」と張り紙がされた教室から声がする。そこには浴衣の下に甚兵衛のズボンを履き、たすきを手に持つMITSURUと浴衣を見よう見まねで着ようとしているSHOがいた。二人はもちろん、HIKARUの正体を知っている。知らないのは、メンバーではただ一人だ。
 夕暮れ時、これから本格的に暗くなる。出店のライトが灯り始めるのが、納涼盆踊りの開始の合図。地元の小学校を借りて行われるこの納涼会は大人はもちろん子供も「一番身近な夏祭り」として認識していた。
 中央に位置しているステージに通常ならば盆踊りのお手本を披露するのだが、今回はドラムやキーボードが置かれている。HMSTではない他のバンドが先行するため、その準備だ。
 今回、HIKARU達のHMSTはこのライブを録画して動画投稿サイトに投稿する予定だ。さらに、どうやらライブ動画配信サービスを使って、ライブ配信も行う……というのだから本格的である。
 知り合いや伝手を使っていつもよりもいいビデオカメラを入手し、それを配信する手はずも整えた。運営団体からも録画・ライブ配信は自分たちの出番のみにはなるがしてもよい、と許可をもぎ取っている。
 残るは、メンバーの準備と出番を待つだけだ。
「光、少し見て歩かない?」
「え……うん……」
 光はギターと荷物を楽屋替わりの教室に置いた後、少し懐かし気に周囲を見回していた。階段の踊り場に白地の浴衣を着て髪の毛を高く結った女子高生が座っているところに、西日が差しこんでくる。光の黒い髪が西日の影響で色味が変化していく中、楽屋から出てきた舞は声をかけた。
 結局、光は母親には逆らえず、真面目に浴衣を着つけてきたのだ。舞はその状況をMITSURUとSHOに伝え、2人が出た後に光をHIKARUにするべく、準備をする約束を取り付けてきたのだ。
 とはいえ、開き直ってバレていい、という事になるのだが。
「光もここの小学校だっけ?」
「うん、充もそう」
「翔くんとは中学だったっけ?」
「そう。……そうか、舞は高校からだから」
「うん。あ……だから充君も翔くんもなんか光だからしょうがない、って雰囲気になることがあるんだ……」
「それ、どういう意味?」
 地元の公立小・中持ち上がりで同じ学校に通っていた充とは小学生の頃から、翔も中学の頃から光の友人である。充がこの話を持ってきたのも、彼のドラムの恩師が盆踊りの運営にかかわっているからだ。
 光にはそのつながりは一目瞭然であったが、それは彼女との関係を含む背景があったからだ。そのあたりを舞に説明しながら校舎の中から校庭へと出た。
「出店、そこそこ出るんだね」
「PTAのブースもあるけど、あそこのかき氷おいしいよ。先に食べちゃわない?」
「いいね、それ!実際に中にいるのはお父さんお母さんたち?」
「え、どうだろう?」
 日は落ちてきあとはいえまだまだ暑い。日中35度を超えたのだ、地面からの熱でじりじり焼ける気がする。
 光の提案に舞は歓声を上げながらブースへと向かった。
「あれ、工藤さん?」
「……山田君?」
(ここで遭遇とは、本当に運がないね光……)
 かき氷を買って適当なベンチで座りながら食べようとしていた光と舞に、背後から声がかかった。その声に、名前を呼ばれた光はゆっくりと振り返る。そこには山田剛がいた。
 長身の剛が浴衣を着るとよく似合う。これから歌って跳ねるからだろう、足元は下駄ではなくサンダルだ。そんな彼は光の浴衣姿に暑さだけではない意味でほほを染める。舞に至っては完全に傍観者だ。
「その、浴衣、とっても似合ってる」
 いつもの彼らしくなく歯切れ悪く言葉を伝える剛に、光はふわりと笑った。
「ありがとう」
 その言葉に大きく目を見開いた剛が何かを言いかけた時。
 ぴろんぴろん
 HIKARUのスマホが鳴った。
「ん?」
 剛は自分のスマホだろうか、と取り出そうとしているが、それよりも先にぐい、と舞が光の腕を引いた。
「山田君ごめんね、ちょっと私が呼ばれたみたいで。光にも来てもらわないとちょっと道分からないから借りてくね!」
「あ、ああ。大山さん気を付けて」
 たたらを踏みながらも危なげない足取りで舞に引っ張られる光と舞を見送った後、TSUYOSHIは自分のスマホを見ながら首を傾げた。
「あのスマホの音……アイフォンの音、だよな。大山さん、アンドロイドスマホじゃなかったっけ?」
「間一髪!」
「どこが」
 楽屋に入るとそこには確かに約束通りSHOもMITSURUもいない。あと30分で準備を終えなければならない、と荷物を広げ始める舞と光。舞が怪しまれる前に退散できた、とでもいいたそうな言葉だが、HIKARUはそうでもなさそうだ。浴衣の下に着ている黒のタンクトップに合わせて背中を大きく開け、浴衣の裾をスカートのようになるように止める。7分丈のレギンスと下駄はサンダルに変える。一番の問題は帯だったが、通常の帯と兵児帯を使うことでギターのストラップがずれることを防ぐ。髪の毛は多少飛び跳ねても崩れないようにしてきたがほつれてもそれは問題ない。
 慌ただしく安全ピンなどを使って位置を止めていく舞に、大人しく袖を持つHIKARU。そこには、完全に暴れる準備ができた「女の子」がいた。
「男装が売りだったのに、まあ……」
「……面倒くさいことを言い出したのはMITSURUで、乗ったのはTSUYOSHIだ」
 声は完全にHIKARUの声になり、それに合わせて表情も気難しい方の、素に近い表情になる。その時の経緯を思い出したのか、盛大に眉をしかめていた。
「はい、これならほどけないんじゃない?」
「さすが舞。帯ばっちり」
「そう、よか「おーーーい、HIKARU!」
 何の前触れもなく、いきなり声を張り上げながら扉を開いたTSUYOSHIの目の前には、先ほど分かれた少女たちがいた。
 しかし、そのうちの一人の手には仲間のギターが握られており。
 そのしかめられた顔も完全にメンバーのものだ。
 だが、彼は、なぜ、彼女と同じ浴衣を着ているのだ?
 いったい、彼と彼女の関係は?
 いや、考える前に。
「なあああああ!?!?」
「うるせーよTSUYOSHI。HIKARU、種明かしだ」
 ひょこりと顔を出したMITSURUとSHOに、HIKARUはため息をついてから頷いた。
「つまり、HIKARU=工藤さん?」
「だからそうだって言ってるだろ?」
 真顔で質問するTSUYOSHIに同じく真顔で答えるHIKARU。トレードマークでもあった帽子を脱いで「男装」からかけ離れた姿になっている。いまだ信じられないらしいTSUYOSHIは眉間に皺を寄せたままでらちが明かないため、軽く息をつきながら舞が声をかける。
「光verで」
「……だから、そうだって……言ってるのに」
「まじか……」
「解せねえ。何でそこで納得するんだTSUYOSHIは……」
 それに流れるように反応したHIKARUの「光」声についにTSUYOSHIは納得したようだ。HIKARUは不満のようだが。
「……ってことは、お前、クラスで……「おい、そのあたりは終わってからにしようぜ」
 ふと気が付いたようにTSUYOSHIが質問しようとしたのをMITSURUが止めた。彼の手にはドラムスティックがある。その様子にきゅっと表情を引き締めるTSUYOSHI。それにHIKARUも頷いた。
「暑い夏を吹き飛ばそうぜ!」
 ひときわ暑い夏の夜が、ロックバンドの音楽と共に更けていった。
 男装の麗人として公になったHIKARUの人気が急激にあがったのは、また別の話。

拍手[1回]

PR

Comment

お名前
タイトル
E-MAIL
URL
コメント
パスワード

Copyright © Creative Blogging : All rights reserved

TemplateDesign by KARMA7

忍者ブログ [PR]